庶民の間で相互扶助としてお金を交互に借りられる方法をシステム化したものです。

日本独自のコミュニティー間融資「無尽」や「頼母子講」

個人間融資は今も昔も友人や家族の間では頻繁に起こっていたでしょう。
しかし、日本には古来から「無尽」や「頼母子講」と呼ばれる独自のコミュニティー間融資がありました。今でもやっている方はいらっしゃるのではないでしょうか。

 

ここで簡単に日本の個人間融資の歴史をご紹介しましょう。

 

無尽は鎌倉時代に登場したといわれています。

庶民の間で相互扶助としてお金を交互に借りられる方法をシステム化したのが無尽です。

 

無尽は江戸時代になると、身分を問わず利用可能な金融手段として大規模化していきました。

 

明治時代に入ると、営業を目的とした無尽業者が会社組織を作って発生したため、1915年に旧・無尽業法が制定され、無尽は免許制となり、悪質業者は淘汰されていきました。
現在の「無尽業法」は1931年に改めて制定されています。

 

しかし個人間の無尽には法的規制はなく、現在でも特に地方では無尽が活発に行われています。

 

メンバーが毎月一定のお金を出し合い、積み立てられた金で宴会や旅行に言ったり、メンバーが順番で金額を総取りするタイプの無尽もあります。

 

 

 

無尽は地方色が強く、日本の中で一番熱心な県は沖縄県だと言われています。

 

山梨県、福島県でも盛んで、場所によっては頼母子講、模合という名前で利用されています。

 

こうした仲間内の金の貸し借りが地域共同体内部の秩序を保ち、地方の助け合いのシステムを現在まで存続させる事に成功させています。

 

大規模になった無尽の場合、その県の政治にまで影響を及ぼす事もあり、選挙の際は無尽の動向が立候補者の基盤を決定するという見方もあります。
よくも悪くも地方経済に無尽は強い影響力を持っているところもあるようです。

 

 

江戸時代に発達した日本独自の直接金融「無尽」は、現在の銀行の役割を果たしていたと言えるでしょう。

 

日本の地方銀行や信用金庫や信用組合のほとんどが、この無尽講・頼母子講を基礎としています。無尽は地方で天災被害や火災などによる不慮の事故の時にも活躍しました。

 

そこに住む住民の責任と連携を無尽が結びつけていたといえます。
現在では、都心部は特に隣近所の名前すら知らないご近所付き合いが主流です。
これからの少子高齢化社会に向けて、無尽のシステムを見直してみても良いかも知れません。